『街』取材記 ~守る人と創る人~

前回も取り上げた、再開発で急激な変貌を見せる街「武蔵小杉」
今回は、武蔵小杉で400年以上の歴史をもつ名家を取材した。

昨今の再開発、次々と建つタワーマンション、人口の爆発的増加、大型ショッピング施設、この変化に江戸時代からこの地に暮らす名家は、どう感じ、反応しているのだろうか?

この地は、江戸時代に遡れば、武蔵国の小杉村。
中原街道を中心に村が形成され、周囲はほぼ田畑の農地であった。
普段は農業を営み、戦争になると武器を持つ土豪の村であったとも言える。
徳川幕府は、多摩川が傍にあり、神社仏閣に囲まれるこの地の利を活かした万全の防御で、
1万3千坪にわたる『小杉御殿』を建設した。

そんな歴史的背景から、当時も江戸からの交通の利便性や、地理上の点でも、拠点を置くのに適した場所だったと考えられる。
昭和30年頃までは、中原街道沿いに片町という繁華街が栄えていた。
所謂、なんでもあるフルセットの商店街が存在していたのだ。
その頃、現武蔵小杉駅がやっと開業し、その後、中心地は駅前に移る事になる。

今回取材した名家は、「原」家。
鎌倉時代では北条家の流れをくむ武将だったとの事で、今でも当時のよろいなどが
本家に保存されている。ご自宅も代々受け継ぐ日本家屋そのもので、小杉御殿跡の側に位置し縁側を臨めば絵に描いたような日本庭園が目の前に佇む。

本家16代当主にあたる原豊孝さんはこう語る。
「再開発で、急激に雰囲気が変わったね、ビックリしているよ
 人も多いし、高層マンションがどんどん建つでしょ
ここ小杉という村は、川崎の中でも田舎で平和な街だったんだ。
 おいしいお米も豊富に採れ、のんびりと暮らせる場所。」
「街の景観は大事だね、今やあらゆる時代の建築物が混合し、美しさにかける。
もちろん発展し、利便性がよくなるのはいい事だけど、日本の古き良き物は守っていきたいね」と。

伝統や文化を引き継いでいきたいと、
年に1度、地元の小中学生を対象に社会科見学としてご自宅を開放し、
受け継がれた刀や鎧、道具、指定保存樹の在る庭園など大切に保管された建築、貴重な物品を披露している。

確かにこのご自宅に居ると、駅前の現代から当時の小杉村へタイムスリップしたような
感覚に陥り、従来の小杉村の様相を窺えるほどだ。
多摩川から降りてくる風が、庭園の草木を鳴らす。

続いては、同家の一族
「原 正人」さん。12代目の当主だ。
こちらの原家は20石以上をもつ豪農で、明治以降は、広大な土地を経営しつつ、
地域のリーダーとしても政界に進出するなど、先進的に活動をしている。
原正人さんは、現在「株式会社原マネジメント」社を経営、不動産管理は元より街の再開発にも
積極的に関わっている。

とにかく広大な土地を所有していた事から苦労も尽きないという。
代々の当主は土地を譲り受けてよかったという感覚よりは、どう土地を守り、
有効利用していくかの重圧の方が強かったとか。

原さんはこう語る
「この小杉という街の最大のメリットは、お金じゃ買えないポテンシャルにある。
 豊かな自然、平坦な土地、中原街道の由緒ある歴史、それらが残されたまま発展し続けている。」
「建物、施設などのハード面はある意味お金さえあれば誰でもできる所業だが、最も重要なことは、ハード面ではなくソフト面、
住む人達や訪れる人が、本当の意味で楽しめる場所であるかは、長期的な積み重ねで創られるサービスだったり、コミュニティだったりする。
 ここでは、官が企てた事を民が仕事するだけではなく、民からアイデアを発信し、
 街をクリエイティブしていく事が実現可能な環境だ」と。

また、再開発によりたくさんの子育て世代がこの街に住み始め、
学校が足りない状態にある。
少子化と言われているこのご時世でも、新たに学校を建てているというから、
今後もあらゆる面で、発展の可能性を控えた街である事を物語っている。

そして、まだまだ足りないものもある。
シニア世代が安心して過ごせる施設や、高齢者をケアするサービス面が今後の課題とも原さんは言う。

現在、原正人さんは、新たに住宅を建設している。
その住宅のコンセプトは、『精神の継承』
江戸時代から脈々と続く時の流れを止めないように、、、
歴史が語る今は見えない世界観を建築デザインに組み込んだという。

GATESQUARE 小杉陣屋町 http://jinyacho.jp/

一見、普通のデザインマンションかと思いきや、とんでもない!
当時の原家の家屋をモチーフにデザインされ、中原街道沿いの
エントランスが陣屋門で囲まれている。

また、意図的に賃貸と分譲の両方を構え、現代らしい人それぞれのライフスタイルに
適した住まいを提案しているという。

更にこう語る
「発展するという事は開発も進む、
 そんな中、ただ土地を切り売りするだけでなく、
  街のポテンシャルを継承し後に残る物を創っていきたい。」

「再開発前の小杉は、ただ住であったが、
これからは、居食住の充実したハイセンスな街になると思う。
また、様々な企業が新しいプロジェクトを試みる事ができる街でもある。
 この街のポテンシャルを活かし良いモノを取り入れる事ができる柔軟な街作りに貢献していきたい」

原正人さんは、昔ながらの地権者とは思えない新鮮な発想をもち、
とてもクリエイティブに街の再構築に取り組んでいる。
今後の活動も楽しみだ!